「ミオンパシー」とは
「筋肉チューニング」とは

森の木

「ミオンパシー」とは

ミオンパシーの名前の由来はギリシャ語で「筋肉(ミオン)」と「療法(パトス)」を組み合わせたもの。開発者の松尾が中心となって1991年から開発を始め、負荷をかけずに、姿勢を取るだけで筋肉を本来の柔らかい状態に戻す施術です。2009年から鮎川も開発に加わり、2013年7月に、著書「『体の痛み』の9割は自分で治せる(PHP)」を出版。この書籍を出版するにあたって、より多くの方にこの療法に触れてほしいという願いを込めて、松尾や鮎川の個人名を施術名に使用するのではなく、「ミオンパシー」という名称を使い始めました。
ミオンパシーはオステオパシーのストレイン・カウンター・ストレインがベースになっています。

実際にミオンパシーで何をしているのか

より詳しい理論については、別のページで説明するとして、実際にどんな施術を行っているのか、動画でご紹介します。

筋肉チューニングとミオンパシー

ミオンパシーの課題の一つが、施術を受ける方の体調やその他の要素によって、緩むスピードが大きく左右されてしまうこと。
そこで、鮎川が多くの方のお力をお借りしながら、様々な要素に左右されずに施術の結果が出せるように開発した手技が「筋肉チューニング」になります。

「ミオンパシー」と「筋肉チューニング」
鮎川が果たした役目

2016年ごろから、サロンの施術家の育成及び、更なる技術開発のために、表に立って情報を発信することを控えていたため、鮎川がミオンパシーや筋肉チューニングでどのような役割を担っているのかを知っている人が少なくなってしまいました。
そこで、ここでは、鮎川がどのような活動を行ってきたのかについて触れてみようと思います。

2009年
・先輩セラピストと共にセルフ整体の開発開始
・松尾と共に、他の手技を行っている施術家さんにミオンパシーの技術指導開始
・ミオンパシーを学びたいという方への指導開始
2010年
・セルフ整体の情報発信開始(無料の動画や週3回ライブ配信)
2011年
・いぎあ☆すてーしょん代官山 院長就任
・関東でミオンパシーの指導
2013年
・「体の9割は自分で治せる(PHP研究所)」出版
2014年
・ミオンパシーを学ばれた方に不利益が生じないようにと、ミオンパシー協会設立。初代理事長に就任。
・セルフ整体インストラクター養成講座のカリキュラム作成
・この辺りから、カウンターストレインの理論から独自の理論へ。仮説と検証を重ねる
2015年
・仕事力を一瞬で上げるカラダのスイッチ(自由国民社)出版
2016年
・サロンの運営と協会運営、二足の草鞋で行うことが困難になったため、サロンの運営に集中するために理事長退任。
・ミオンパシー整体塾のカリキュラム作成を手掛ける
・UROOM最高技術顧問に就任
・UROOM、いぎあ☆すてーしょん白金台のセラピスと育成及び、更なる技術開発に専念するために、表に出ることをやめた
・たった90秒! 体の痛みを自力で治す本 (楽LIFEヘルスシリーズ)出版
2017年-2022年
・トップアスリートの施術などを通して、ミオンパシーの施術をさらに発展させる。栄養や老廃物などに左右されない施術「筋肉チューニング」を開発